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Cuatro Dragons
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晴耕雨耕

category: ◆botany

二日続けて畑仕事~。昨日は信太山の蒸し暑い晴れ空の下でジャガイモ掘り。今日は雨に打たれてA'ワーク創造館の中庭開墾(近く枝豆を植えるのだ)。

今週は木曜cocoroomの他、土曜日にA'で出張cocoroom。A'のイベントで、バールA'の料理長務めさせていただきます。牛すじトマト煮込みは昨日仕込み済み。その他、さいぼしポテトのホットサンド、油かすのピッツァ、自家製オイルサーディンとルッコラなど予定。

イベントに向けて、一月前から植えていた二十日大根とルッコラは順調に育ってます。人手不足=労働力不足のせいで信太の畑の出来がここしばらく悪かったせいもあって、すくすく育ってる野菜を見るのは久しぶり。やっぱりちょっと嬉しいですね。

信太で一緒にやってるおっちゃん達にも、この嬉しさを味わってもらう仕掛けを何とか作りたいんだがな。

それにしても、ここ二ヶ月テニスしてないので、筋力が落ちているようです。筋力が落ちると、腰痛がでやすい。今週は仕込み続きなので、不安といえば不安。

今週末まで何とか頑張ってね。日曜日にはご褒美揚げるから。>僕の腰。

・・・今日のBGM・・・
 1/2のミッドサマー/carnation
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2009/06/29 23:01 Mon | edit? | trackback(0) | comment(0)



混沌

category: ◆diary

研究が前に進まない時ってのは、いわば混沌の状態。何かのきっかけで、混沌の中に秩序がもたらされると、そこから一気に自己展開していく。

何かのきっかけになるのを期待して、混沌の中に、過去に読んだ本や過去に修得した理論やらをあれやこれやと投げ込んでみる。どれだけ飲み込まれ続けても、繰り返し繰り返し、何度も何かしら投げ込み続ける。流れる雲や揺らめく煙が、ある時突然、何かの形に見えたりする時のように、混沌の中に何か秩序が現れるのを期待しながら。

でも、投げるものがなくなったら無理して投げなくても良い。生きてる限り人は混沌に何かを投げ込み続けている。意識していなくても。

・・・今日のBGM・・・
 すてきなサンデー/カジヒデキ

2009/06/28 22:44 Sun | edit? | trackback(0) | comment(0)



縁と恋

category: ◆essay

恋は一般的に言って気が付いたら落ちているものなんだが、落ちる前と落ちる後で、「恋に落ちた」こと以外に何の変化もない、つまり「何が要因で恋に落ちたのかはついに確定できない」ということも、また一般的に言えるように思えます。

「これこれこういう理由で恋に落ちた」だとか、「こうしたことが要因で恋に落ちた」と人が言うとき、たいていその言葉はウソか勘違いであって、本当によくよく考えてみると、理由らしい理由などないことの方がほとんどです。なのに、なぜか理由も思い当たらないのに「落ちちゃった」という言い方が当てはまってこそ、それは「恋」と呼ばれる資格を持つわけです。

とすると、「恋」というのは「縁」と極めて深い関係にある現象であり、どうも構造的には地名が地名として成立する仕組みとかなり似ているところがあるんじゃないか、なんて、酒飲みながらぼや~っとした頭で考えていた夜半。

大阪の片野桜というお酒。最近お気に入りです。こういう気に入り方は、基本的に「恋」と同じ構造です。

恋の対象は、酒だろうと人だろうと土地だろうとサッカーチームだろうとアニメのキャラだろうと、なぜか必ず固有名を持つものなんですよね。そして、固有名は、名付けに縁=偶然が関与する。

けど、どんな名付けにも縁=偶然がある程度は関与してるはず。エンピツは鉛の筆、オムレツは卵焼きだからある意味では必然的だけど、かの金属が「鉛」という名前だったり、かの有機体が「卵」や「オム」という名だったりするのは、かなり偶然。だとすると、名付けに関与する偶然性の程度に応じて、ある名前が固有名的である度合いが決まる、と言う方が的を射ているのかもしれません。

「恋」を縁の存在そのものを肯定する(が意味づけはしない)態度、固有名を縁への名付けと考えると、いろいろとつながってきそうなんだけど。

ところで、好きな人の顔の造作のディテールと好きな酒や食べ物の味、好きになればなるほど思い浮かべることに困難を覚えるようになります。個人的、かつ経験的に。そして残るのは、名前だけになる。こういう個人的体験も、もしかしたら無関係じゃないかもね。ただ、こういう私的感覚にどれだけの人が共感できるのかどうか。これは怪しい。

う~ん。やっぱり九鬼周三さん読まないわけにはいかなさそうですね。

これも縁。

願わくば遇うて虚しき片想いの恋ではありませぬことを。

・・・今日のBGM・・・
 うたかた/ザ・カスタネッツ

2009/06/27 23:36 Sat | edit? | trackback(0) | comment(0)



動く食指は一つしかない

category: ◆diary

修正作業中の論文が一段落して、次のテーマにそろそろ手をつけようかと考えている。

ほったらかしてたあのテーマに戻るか、新しく指摘されたこの論点を掘り下げるか、それともあっちかこっちか、etc…。

いろいろなオプションが日替わりで浮かんでは消え、消えては再浮上し、そんなんの繰り返し。全部出来れば素晴らしいと言いたいところでもあるのだけど、よくよく考えてみると、多分全部出来てしまったら相当分裂気味でまとまりのないがらくたの寄せ集めみたいな事になってそうな気もする。

で、一つ一つ、今どれをなすべきなのかを吟味し熟考するわけです。というよりは、精確な言い方をすると、熟考すると言うよりは、どのテーマをじっくり味わいたいのか、体の声を聞く感じ。

味わいたいテーマをきちんと選べたときは、何せ体が味わいたいと思っているテーマなので、思考がスムースにそっちに入っていける(味わうという行為の私的な性質上、そのテーマに関して他人様の意見に多少寛容ではなくなるという危険はあるんですが)。体が味わいたいと思っているわけではないテーマを選んでしまうと、後々しんどい。ついつい難解な言葉や流行りのセオリーに乗っかって流されて、消化不良をごまかしながら進んでしまうことになりがち。

体が味わいたいと思ってるわけではないようなテーマが、なぜ選択肢の中についつい入ってきてしまうかというと、そこには体の声とは独立した次元にあるものとしての、「見栄」のようなものが作用しているからです。本当に追求したいと自分の体が(脳が)叫んでるわけではない。けど、このテーマで一つこなせておいたら、研究歴・業績の見栄えが何となくバランスが取れて良い感じになる。そういう「良いバランスの業績」をぶら下げていたい。体の声の底の方には、そういう欲求もまたねじれた重層低音として響いていたりする。

も一つ。このテーマは体が渇望しているわけではないけど、今これを丁寧にやっておけば、もう少し色々な人に読んで理解してもらえるのではないか、といったことを考える機会がここ何年かで増えてきた。大阪市大都市研究プラザのGCOE特別研究員も、そういう発想で応募書類書きました(結果、有給職としては不採用だけど、無給の特別研究員というポジションに落ち着いてます)。けど、この研究者という社会的な役割を与えられた者として健全とも思える「他者に理解される」ことを重視する態度も、実はまた「見栄」の変奏なんではないか。

なぜそう思うのか。「他者に理解される」ことは、それだけでは無条件に価値あることかどうかは疑問です。村上陽一郎さんが「喜ばしき学問の真髄は、異他と接することによる自己解体にある」というようなことを某所(どこかの入試問題)で書いていましたが、もしそうであれば(というかあくびが出そうなくらい絶対的に間違いなくその通りなのですが)、書いたものが「他者に理解される」ことは学問にとってオマケみたいなものだと思われます。とすると、「他者に理解される」ことに価値を置くのは、学問とは別の理由に基づいているってことになる。

学問そのものとは関係ない次元で「他者に理解されたい」と思うような心理状態って、やっぱり「見栄」が作用してると言わざるをえないですよね。

本当に知りたいと体(脳)が渇望しているようなテーマに関して言うと、その知ったことを人にも知ってもらいたいとかいう欲求が生じることは100%ありません。そういうテーマに接して探求始めだしたら、自分がその先を知りたいという欲求だけに純化されていきます。学問のトレーニングをきちんと積んだ人であればおそらくはよくよく承知のことでしょうし、逆に自分は学問のトレーニングを積んでいないと思ってる人でも、このことを感覚的に理解できるような経験が過去にあったとしたら、学問に関して学ぶべき最も重要なことを既に学んでいるということになります。

こうした経験の持つ価値に敬意を払いながら学び続けること、そうやって自己解体を継続していくこと。それが十分条件です。それがきちんと健全に継続されさえすれば、理解されるべき最低限のことは他人さまに理解されているはずで、それ以上のことを理解させようとする必要は、学問的な意味においては、存在しない。

そんなこんなで、浮かんでは消え消えては浮かぶ色々なテーマの奥底に、余計な「見栄」が潜んでいないかどうかじっくり吟味しています。利き腕の食指は一つしかないですからね。本当に食べたいものを、しっかりと見極めたいところです。

こんな考え方、あるいは考え方の表現を、学ぶことの演示(performing learning)あるいはライフポリティクスとしての学問、という風に捉えれば、すでにギデンズから学べることは学び尽くしたようにも思えます。何か改めてギデンズと地理学の問題について整理して書かなければ、という思いの裏にあるのは、やはり何らかの余計な「見栄」なんだろうな。もちろん、その「見栄」は僕にとっても僕以外の人にとっても利の少なくない結果に連なるきっかけでもあるんだろうが、そういう利は僕の学問にとっては何の意味もない。

______________

食指は動くものだが、意識しないうちに見栄が食指を動かすこともある。自戒。

・・・今日のBGM・・・
 STARDIVE/セロファン

2009/06/26 23:35 Fri | edit? | trackback(0) | comment(0)



感受性と想像力

category: ◆essay

一般的に言って、対他関係において自己を利するよりも、他者を利することの方が、より想像力を要する。というのは、人間は長い歴史を通じて「よい」とされるものの選択肢をこれでもかと増やしてきたわけだが、「わるい」とされるもののヴァリエーションを増やすために一生懸命になったことはおそらく未だかつて一度も無いからだ。

だから、相手にとって何がより悪いことかを想像するのは、それほど難しくない。相手にとって何がよりよいことなのかに比べたら、選択肢は知れているからだ。

したがって、感受性は高いが想像力が高くないという人は、権威主義と仲良しになりやすい。(感受性とは想像を要しない感官レベルの情報への鋭敏性、想像力とは感官レベルの情報とは独立のシミュレーション能力=計算力である)。

ついでに、性的魅力というものもまた第一義的に他者(必ずしも異性ではない)を支配しコントロールするための力であり、それ以上のものではないので、性的魅力以外の力を持たない(ゆえについつい性的魅力に頼る)人というのもまた、社会生活を送っているうちに、簡単に権威主義と仲良しになる(セクハラ・パワハラ等の加害者に限ってやたら外面は良いという経験則も、無関係ではないのではないか)。

_________

ケンカをしないで済む振り分けの仕方。社会関係においても、自分の精神世界の構成要素間においても。

・・・今日のBGM・・・
 june replay/advantage Lucy

2009/06/22 23:31 Mon | edit? | trackback(0) | comment(2)



50頁

category: ◆geography

久しぶりに、学術書を読む。

時間がかかるのはしゃあないし、こつこつゆっくり着実に歩んでいこうと、そんな思いを新たにした。それくらい、時間がかかって当たり前の大きな問題に、首を突っ込んでいるようだ。

長生きしなきゃなぁ。

・・・今日のBGM・・・
 君はまだMISSかい?/トモフスキー

2009/06/19 23:03 Fri | edit? | trackback(0) | comment(0)



孤高の蛤、団結の浅蜊

category: ◆diary

お江戸深川で夏の盛りに寿司屋に行ったら煮ハマが無くて代わりに煮アサリの軍艦があったという話をしたら、寿司屋の大将が一言。

「せやねん。アサリは一個じゃ握れん。ハマグリは一個でいける。けどアサリは何に使うんでも、軍隊でないとあかんねん。」

蓋し名言也。

トリ、アカ、ホッキ、ミル、ツブ、アオヤギ、いろんな貝が並ぶ春が過ぎてしまった、夏の寿司屋のお品書きは、どこかちょっと寂しげな感じもする。

そんな中、夏の暑い時期でもとりあえずは隊列組んでそこに控えているのが、アサリの強みと言えば強み。

・・・今日のBGM・・・
 ハイウェイ・ソング/carnation

2009/06/17 23:46 Wed | edit? | trackback(0) | comment(0)



おととなおくち

category: ◆diary

明後日のcocoroomで使うもんの拾い買い。今日もセトダイが安かったのですが、残念ながら安くてもcocoroomで使える値段にまでは落ちてくれない。美味しいんだけどねぇ。是非食べてもらいたいのだけど。

それにしても、最近口がすっかりおとと好みで、肉買おうという気分がめっきり起きなくなりました。2000円の焼き肉よりも2000円の煮付けに胸がときめいたりします。cocoroomの仕込みにもかなり現れています。

でも、明後日は久しぶりに鳥と牛スジ使うつもり。お酒も、まあ、じんわりどっしりなのが家でくすぶってるので。

しんどいこと続くときは、楽しいこと、美味しい物、思い描いてやり過ごせ。

・・・今日のBGM・・・
 60wはぼくの頭の上で光ってる/carnation

2009/06/16 22:40 Tue | edit? | trackback(0) | comment(0)



category: ◆diary

論文が、やっと出来上がった。あとは、注と体裁の整理だけ。今週頑張れば直近の編集会議に間に合うけど・・・。ムリはしません。

腰が悲鳴を上げそうです。きっと、峠を越えた証でしょう。山道の下り坂で張り切ると怪我しやすいですからね。

だから、ムリはしません。

というより、ムリできる状態ではない。この腰。

体にガタがきてるってことは、たぶん、何かがまずいんでしょうね。ゆっくり休まねばならんのに休んでいないというのもあるが、そもそもゆっくり休まなければ、と休むことにせっぱ詰まる前に、もう少し抜き方とかこなし方ってのがあるんじゃないか。

何かの徴(しるし)には違いないんだがね、この腰の違和感。体の声。

・・・今日のBGM・・・
 Dear My Friend/Hi-STANDARD

2009/06/15 22:41 Mon | edit? | trackback(0) | comment(0)



コロッケ120個

category: ◆diary

昨日のcocoroomはコロッケ祭り。

完売ですよ完売。手作りのコロッケ120個、全部揚げて全部出ました。

しばらくはコロッケ見たくないなりよ。

腰痛い。

・・・今日のBGM・・・
 トライアングル/LOST IN TIME

2009/06/12 11:41 Fri | edit? | trackback(0) | comment(0)



猿でも胃が痛くなる部落問題と大学問題と固有名問題

category: ◆essay

今日の夕方は、マジで急性神経性胃炎でした。
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2009/06/11 00:07 Thu | edit? | trackback(0) | comment(4)



ツバメが生まれる瞬間

category: ◆diary

先日のこと。

ツバメの巣があると思われる軒先で、二、三羽のツバメがぱたぱたとホバリングしておりました。よくよく見ると、巣の中に一羽の雛。・・・・ん?なんかえらく少ないな・・・と思って飛んでるのを見たら、飛ぶのがぎごちなくて、しかも色が鮮やか。

ははあ、これ、巣立ちのタイミングに出くわしたらしいな、と思ってしばらく観察してました。残った一羽を。すると、先に巣立ったやつらがだんだん飛び方心得てきて、電線や巣やらを行ったり来たりするようになった頃合い、最後の一匹も「えいや!」と飛んだ。というか、跳んだ。そして羽ばたいた。

で、墜ちた(- -;)。

巣の下にとめてあったワゴン車の屋根に「ボコン」とぶつかって、ビックリした勢いそのままに、また跳んだ。いや、今度は飛んだ・・・。墜ちなかった。

初めて自転車乗れた時のような、「あ、飛べてる・・?」みたいな動揺を体全体で表現しながら、翼をバタバタ必死に羽ばたかせて空中を浮遊してました。そして・・・留まった。・・・電線ではなく、車の屋根の上に(- -;)。

(解説しよう。脚の構造が歩くのに不向きなツバメは、通常、地面や平べったいところに着地することはないのだ。)

車の上にへたり込んで「あれ、なんかおかしい・・・?」みたいに周りをきょろきょろしたあと、もう一度、飛びました。今度は一直線に頭上の電線へ。そして、そこにちょんと留まった。

やっと、ツバメになれました(^o^)。

ほんの2、3分の出来事でしたが、大きなブレークスルーだったんだろうな、などと思った次第。

・・・今日のBGM・・・
 恋は、あいにく/Clingon

2009/06/09 23:58 Tue | edit? | trackback(0) | comment(2)



インテリジャイアン

category: ◆diary

僕が個人的に考える「ジャイアン的であること」とはどういうことか定義すると、次のような感じになる。ある人が何か明らかに間違っているのに「それ間違ってるよ」と直截に言えないような抑圧的空気を自ら作りだしていることに対して鈍感である人がいるとしたら、その人はジャイアン的である。

で、単にフィジカルに暴力的なジャイアンなら、まだ可愛い。フィジカルに暴力的なジャイアンは、フィジカルに暴力的であって、かつ大人の心得を持ち合わせているお母ちゃんに、頭が上がらない。

恐いのは、知的なジャイアンである。精確には、知的な分野におけるジャイアン。知的だけれどもジャイアン。これは恐い。知的領域で唯一ジャイアンにとってのお母ちゃん、つまりジャイアンがそれでも許容される人間であることを担保している存在に相当するのは、「それ間違ってるよ」と言ってくれる人だったりする。

お母ちゃんを力で凌いでしまい、結果としてお母ちゃんにも抑止がきかなくなったジャイアンの未来は暗い。おそらくは、相当絶望的に孤独である。

今日は、自分がそうならないように、適度に気をつけよう、と思った。自分がこれまで通ってきた学問の世界には、結構そういう雰囲気の人が多かったりするのだ。上の人だけでなく、同世代や下の人も含めて、である。うっかりしてると、その環境になれて、無意識のうちに自分がジャイアン化している可能性は、無くはない。

ただ、無分別に気をつければよいというものではない。そんな無分別な気配りの仕方なら、ジャイアンにでもできるし、実際ジャイアンの気配りは時に「ありがた迷惑」的でもある。適度に気をつけるのが大事。

適度に気をつけるってのは簡単ではないけど、要するに自分が何を知らないのかをなるべく的確に理解すること、そのためにはどう振る舞えばいいのかをよくよく考えることに尽きる気がする。自分が何を知らないのかについては厳しい目で判断しなければいけない。必要なのは、自信の喪失とセットになった「自分は全く何も知らないんだ!」という自認ではなく、自分が何を知らないのかに関しては十分な自信と根拠を備えた自覚である。

結局、この辺のことをどれだけ考えているかが、「間違ってるよ」とのび太やスネ夫にシレっと事実を言われてしまったときの対応を左右する。

そして、それでも自分がジャイアン的であることを免れないと思い当たるフシがあるならば、そのことをきちんと自分一人で受けとめること。そんな辺りが、脱ジャイアン、あるいはジャイアンがホントに健全に知性を得るための第一歩かなと思います。

・・・今日のBGM・・・
 野球場と僕と犬/ステンレス

2009/06/08 00:32 Mon | edit? | trackback(0) | comment(0)



悲しい煮付け

category: ◆diary

昨日までの暴飲暴食と睡眠不足がたたりまして、今日は一日体に力が入りませんでした。

夕飯は軽く済ませようと思ったのですが、昼網の魚がスーパーに並んでて、結局セトダイとアブラメを買ってしまったので、結構豪華な夕飯になりました。

でも、今日は禁酒。

セトダイの昆布締めと煮付け、美味しくも恨めしいお味でした。

___________

自転車に荷台と三角スタンドを取り付けた。cocoroomの仕込み買出しがより充実すること間違いなし。

今週は、一日限定の天ぷらコロッケ屋をやる予定。

・・・今日のBGM・・・
 感情のタマゴ/ゲントウキ

2009/06/06 23:29 Sat | edit? | trackback(0) | comment(0)



寝る前の空白

category: ◆diary

よほど体がへばっていない限り、家に帰ってから2~3時間ほど経たないと、体がお休みモードになってくれないらしいことに、ようやく最近になって気が付いた。

西田に九鬼と、注文した書物が溜まっていくけども、今は多分制約と〆切のない思索にとても飢えているので、その気になって読み出したら一気になけなしの社会性を失ってしまいそうです。そんなわけで、今修正している論文以外の知的作業に対しては、かえって恐くて後込みしています。

論文出し終わったら、釣り竿背負って淀川辺りでひなたぼっこでもしに行こうかな、なんてぼんやり夢想したりしたが、論文出し終わる頃なんて、きっと暑くて魚より早く干物になりそうだななどと、うつつに帰ったり。

週末別府に行って来ます。それまでに、もう少しだけ、論文を進めておきたいから、今日は2時間立たないうちに床につきます。

なんぼ早う寝ても、結局眠りに落ちるのが帰宅3時間後以降なのは変わらないんだけど。

・・・今日のBGM・・・
 一日が終わる/トモフスキー

2009/06/02 22:50 Tue | edit? | trackback(0) | comment(4)






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geophile
フリーランスの地理学者です。ひとり家庭教師派遣業のほか、NPOやコミュニティビジネスをターゲットに、ひとり人材派遣業もやってます。

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