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Cuatro Dragons
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ブレーキ

category: ◆diary

風邪のような、でも風邪とは違うような、何だか体がダルくってベッドから起きあがれなかった。cocoroomはお休みした。

妄想は人を知らず知らずのうちに不幸に陥れる。さりとて明るい未来を思い描かず生きていくというのもまた苦行以外の何ものでもない。

などと嘯きたいような精神状態らしいです。

ま、お天気みたいなもんですから。

昨日は「ちんがり」笑ってたチーズみたいなお月様、今日は雲が厚くて顔が見えない。

・・・今日のBGM・・・
 話し相手は枕/トモフスキー
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2007/05/31 22:38 Thu | edit? | trackback(0) | comment(0)



「名前」としての接続詞

category: ◆diary

A「雨が降った。」
B「体が冷えた。」
C「風邪を引いた。」
D「川で泳いだ。」

これらの出来事がこの順番で生起したとして、これらの出来事の間に何らかの「関係」を見いだしたときに、その「関係」につけられた名前が「だから」であり「しかし」であったりする。

なんていう考え方は突拍子ない考え方なのかな。

「ところで」とか「とはいうものの」とか「にもかかわらず」ってのは、じゃあ、どうなんだろうな。

野矢茂樹さんの『新版論理トレーニング』を読んでいます。分かってるつもりでも分かっていないことだらけ。

自分の考えが上手くまとまらないときというのは、論理的な思考が出来ていないのか、あるいはそもそも誰が思考しても論理的にまとまるはずがないことを思い描いているのか、そのどっちかしかないはず。

最近研究がはかどらないけど、どうも接続詞や接続表現がしっくりこないっていうか、宙に浮いた感じがするんだな。地名とか固有名とか場所とか時制とか人称とか、キーワード(=これも概念に対する「名前」だ)はボコボコ出てくるのに、そうしたキーワード同士を繋いでいる「関係」に与えられるはずの「名前」が、どうしたって出てこないのよね。

まあ、それで、論理のお勉強からやり直してるところ。

・・・今日のBGM・・・
 僕のヒーロー/The Boom

2007/05/30 21:38 Wed | edit? | trackback(0) | comment(0)



教える人

category: ◆geography

教育産業・受験産業の外側で勉強を教えるお仕事が、4月以降ぽつぽつと増え出してきている。今は、どっちかというと、こういうのを一つずつ繋げていって自分の仕事のスタイルにするための、ちょっとした見習い期間みたいな感じなのかも知れない。

「教育」についてずっと悶々と考える日々。経験が浅いので、この「悶々」がなかなか言葉になってくれない。

この一月ほど、論文読んでも本を読んでもなんでだかあんまり面白みを感じない。そっちは休めってことなんだろうか。ま、実際に休んでいるわけだが。


2007/05/30 11:24 Wed | edit? | trackback(0) | comment(2)



臍の祭り

category: ◆diary

お臍(へそ)を指でぐりぐりしてると、膀胱から尿道にかけての辺りが、なんとなくツーンとしてきて、少し催してくるような、そんな感じになる。

(僕だけ・・・ではないよなぁ)

フェスゲって、大阪の臍(へそ)みたいだよなぁといつも思うのだ。

なにやら僕には伺い知れない遠いところでごにょごにょと蠢いている感じだ。でも、実はそれもまた自分の体の一部だったりする。

大阪の臍(へそ)でもあるが、臍(へそ)はまた臍(ほぞ)でもある。噛まざるをえなくなる前に、何とか出来るなら何とかしたいところ。

すでに個人的には十分活用したけれど、だからこそ、今さら噛みたくはないわけである。

まあ、cocoroomやSAPの活動が効いてくるタイムスパンと、コンペの結果がどうのこうのというタイムスパンとは、あまりにかけ離れすぎているので、どっちがどうだったからどうだという話は、少なくとも僕が生きている間(程度のタイムスパンのうち)にどうこういう話ではなさそうな気もする。

ただ、間違いないのは、今お臍の周りがどうなったかが、確実に臍の周りの長期的な健康状態に響くであろうということ。

・・・今日のBGM・・・
 One Piece/ザ・カスタネッツ

2007/05/29 23:36 Tue | edit? | trackback(0) | comment(0)



最短経路の選択肢

category: ◆mathematics

京都に住んでいたとき、職場でもあった研究室と自宅とは道一本でつながっていた。自転車で20分と京都市内にしては通勤通学時間が長い場所だったけど、それでも道路一つでつながってるならまあ便利だろうと考えて、その家に決めたのだけど、これが結構失敗だと引っ越しをしてまもなく気がついた。

家から学校へ行くまでの間に寄り道、というか最短経路からそう隔たらない範囲であっちこっちに寄り道するという選択肢が無いのだ。

これ、要するに、中学生か高校生で教わる「場合の数(組み合わせ)」の応用問題である。碁盤目の街路網上にある二地点間の最短経路は何種類あるか?というあの問題。以下の式で求められる。

a C v = a! / v!(a-v)!

ただし、aは移動する街路(交差点から次の交差点までの道)の総数、vはそのうち南北方向に移動する街路の総数(東西方向の値でも別にかまわない)。!は階乗。

例えば、東西が3街区、南北が4街区の街路網を、南西端から北東端まで移動するとすれば、最短経路では、どういうルートを選んでも、東向きに3つ、北向きに4つ、合計7つ分の街路を通過することになる。つまり、最短経路のパターンは、東向きの移動をE、北向きの移動をNとすれば、Eを3つ、4を3つ、好きな順番で並べる並べ方の総数と等しくなるわけだ。
     path

この図の緑色のパスであればNNEENEN、水色のパスはENNNENEという配列になる。結局、この4×3の街路網の場合の最短経路の総数は、7つのフェーズのうち、N(あるいはE)を配するフェーズを選び出す組み合わせと考えればいい。したがって、解は7 C 3(あるいは7 C 4)で求められる。

実はこれ、一番苦手でいつも解き方を忘れる問題でした。京都みたいに街区がある程度規則正しく碁盤目に並ぶ町では、南北方向と東西方向の移動距離が近づけば近づくほど、徒歩・自転車で通勤通学する時の寄り道のオプションが増えるわけだ。家の選び方を失敗しているあたり、数学の問題としての解き方はおろか、生活感覚としてさえ身に付いていなかったのでしょうな。

京都に住んで自転車で通学するなら、学校の艮巽坤乾の方角15分くらいのところがベストですね。朝はどこのパンを食べようかとか、帰りにどこのケーキ食べて帰ろうかとか。もちろん、最短経路でなくても良いのであればどこにだって寄り道は出来るのですが。

大阪に移り住んだ今では、天満橋からミナミの方へ向かう時が一番楽しいです。どのルート選んでも抗いがたい飲み食いの誘惑にかられます。

大阪にきてからは職場そのものが多様化してしまったので、通勤路のオプションは京都の時とは比べものにならないくらいに多い。さらに最近では、京橋野江辺りまでは平気で自転車使うようになったので、何を使ってどこを通っていくかで、実によく悩みます。

移動する前に移動について悩むというのも、旅の楽しみの一つではある。

・・・今日のBGM・・・
 Young Wise Men/carnation

2007/05/28 15:19 Mon | edit? | trackback(0) | comment(0)



深海魚

category: ◆diary

昨日、よく行く店(宗右衛門町に新規開店した「船越酒店 渉」さん)で酒飲みながら深海魚や熱帯魚の話になって、あんな魚がこんな魚がといいながらサインペンで絵を描いて説明しているうちに、ふと思い出した。

子どもの頃、魚類図鑑を見ながら魚の絵を描くのが好きだった。なぜか、魚が一番好きだった。ヒマさえあれば広告の裏とかに鉛筆で描きまくっていたっけ。

図鑑の裏表紙に深海魚ばかりが描かれていて、そこにガラテアソーマ・アクセリという名前の魚の絵があった。その当時子どもなりに何となくアンコウの仲間なんかなぁと思っていたその魚は、でっかい口の中の喉の辺りからランタンのような発光器をぶら下げている実に奇妙な魚だった。今では学名が変わったらしく、タウマティクテュス・アクセリと呼ぶらしい。ネットで調べたら、去年どこかの博物館の特別展で標本が展示されていたらしい。

標本というものはたいていぶよぶよになっていて、生きて動いてる姿を想像して描かれた絵と比べるといかにも「残念」な印象を受ける。けど、これまで見たことがある物の中には、それでも大変感激した標本がある。小学校の時くらいに、どこかの博物館でミツクリザメの標本。図鑑で見たとおりの不気味な色彩と不気味な形の顔。あれ、またどっかで見たいな。

久しぶりに深海魚の話になって少し興奮した。深海魚が話題になった途端、マスターに「泉谷くん、目が二倍くらい大きなっとるで」と言われた。深海魚と熱帯魚はなぜだかいくつになっても子どもの僕を興奮させる。

深海魚の番組を録画したビデオがあるらしく、また「渉」さんに立ち寄ったときに貸してもらえることになった。昔、絵だけでしか見たことがなかったフクロウナギが鯨の死骸を食べている映像が収められているそうだ。

ワクワクするなぁ。

・・・今日のBGM・・・
 テイタム・オニール/スピッツ

2007/05/27 22:00 Sun | edit? | trackback(0) | comment(0)



人生に最も大きな影響を与えた書

category: ◆diary

皮肉屋として有名なバーナード・ショーは、「あなたが最も影響を受けた本は?」と聞かれて、

「そりゃあ、銀行の預金通帳さ」

と答えたそうだ。

貯金も出来る医療保険に加入しようと思ったらなぜか審査ではねられたので、いざというときのお金は自分で積み立てて作ることに。そんなわけで今月から自動積み立ての定額預金始めました。

こんな働き方で10年後の複利計算を皮算用するというのはかなり滑稽なことではあるが、やっぱりついつい夢想する。人生に最も大きな影響を与える本とはよく言ったもの。

・・・今日のBGM・・・
 虹が出たなら/The Boom

2007/05/25 11:32 Fri | edit? | trackback(0) | comment(2)



虫の声の名前

category: ◆essay

夜半の草むらでこの時期にジィーと鳴いてる虫がいる。今日の帰り道にも遭遇した。とは言っても遭遇したのは音だけで、虫の姿それ自体を見たことはないので、虫の声というのもいわば憶測である。音の雰囲気からして鳥でも蛙でもなさそうだ、という程度の根拠である。

一体鳴いているあれは何だろう。

サーチエンジンがなければどうするか。どうしても気になれば、図書館で昆虫図鑑を引っ張ってくるだろうな、きっと。図書館がなければ?その時は、それでも気になれば、昆虫図鑑を負っている人を訪ねるだろうな。昆虫図鑑がなければ?

僕ならば、まあ、そこまでだ。それ以上のことは想像できない。5月に鳴く虫は5月に鳴く虫だ。何なら勝手に名前をつけても良いが、それを人に言いふらす気までは起きない。

どうやら音の主はクビキリギスという名のキリギリスの仲間らしい。

もう何年も前、京都の自宅近くのポプラの木に、秋頃きれいな緑色のコオロギみたいな虫が留まってリンリンリンリンと鳴いているのを見かけたことがある。リンリンリンリンという音それ自体は、秋になれば京都のそこかしこで割と耳にしていた音ではあったのだが、今眼前に映っている虫からその音が発せられている、という状況と出会ったことはちょっとした感動だった。ああやっぱり「虫の声」だったんだという「納得感」と、地面を這いつくばっている黒褐色の虫ではなかったんだ、という「驚き」とで。すぐにサーチエンジンで調べてみると、アオマツムシという虫だった。

アオマツムシ、という名前に伴って沸き起こる「しっくりした」感じが、クビキリギスという名前にはまだ伴っていない。

何が違うか、と言われると、敢えて言うならば、アオマツムシというのは、虫の名前である。秋にリンリンリンリンと鳴る音の名前ではない。アオマツムシの名前が何かしっくりくるのは、音の認識と同時に、しかし音とは独立に、虫の姿を見てしまっているからだ。

クビキリギスは、まだ見ていない。音と同時に虫の姿を見ていないからこそ腑に落ちないのである。アオマツムシが秋のリンリンリンリンに対する名前でないのと同様に、クビキリギスもまた5月のジィーに対する名前ではないのだ。

多分、秋の夜長にリンリンリンリン鳴く緑色のコオロギも、5月の夜にジィーと鳴くキリギリスも、人に認知される機会としては、圧倒的に姿よりもその音であるはずだ。けど、どうも、虫たちにつけられている名前とその音とは全く無関係なようである。

どうも、なんとなく、そこがたいそう気持ち悪い。

カッコウとかツクツクボウシとかみたいに、音につけられた名前それ自体が音の主の名でもあったと言えるような、そんな名前が大和言葉でつけられていたのではないか、と言う気がする。キリギリスも元は音を聞きなした名前なんだろうけど、古典の「きりぎりす」は、今で言う「こおろぎ」のことだと高校の時に教わったのを、ふと思い出した。ブッポウソウという鳥はブッポウソウとは鳴かず、実はブッポウソウと鳴く鳥はコノハズクだ。

どうも言語哲学界隈の固有名論で語られていることと、ここで書き連ねてきたオチのない話とがねじれの位置にあるような感じがしてて、何とも隔靴掻痒みたいな気持ち悪さが拭い去れないのです。言語哲学の固有名論は、それはそれで面白いのだけど。

例えば、「瓜破(ウリワリ)」とか「放出(ハナテン)」とか「日暮里(ニッポリ)」とか「物集女(モズメ)」とか、そんな地名には、その土地に実際にある物事や、かつて実際にあった物事とは独立した異様さがあるように感じてしまうのですが、それは僕がそうした物事に対して無知だからだ、とどこまで言い切れるんだろう。いや、まあ、言い切れるんだよなぁ。言い切れないとすると、田中とか石田とかそんな地名に対しても同じ感慨を伴ってしかるべきなわけだから。

・・・今日のBGM・・・
 The Washington Post/John Philip Sousa

2007/05/24 23:28 Thu | edit? | trackback(1) | comment(0)



転調

category: ◆geography

地理の面白さ奥深さを思い知らされるたびに、でもやっぱりそれは現在の大学というところで教えたり教わったりするにはあまり向かないのではないか、と思ってしまう。

昨日もそうだった。

けれど、他方では、こういった知のあり方の醍醐味をきちんと受け継いで教えることも出来ないで一体何のための大学だ、という気もする。

2chの地理板に書き込みしてる人々の文章力やセンスとか、エラい先生方が多数集まって書いているはずの編集委員のコメントとかをみていると、もう少しkしぇhjだjsbjさd(自主規制)と思わずにはいられません。

「悲劇的な喜劇」と「喜劇的な悲劇」はどちらの方が「マシ」なんでしょうね。「悲劇的な悲劇」よりはどちらも「マシ」だと思うが。

・・・今日のBGM・・・
 keep on rockin'/GOMES THE HITMAN

2007/05/21 23:58 Mon | edit? | trackback(0) | comment(0)



ミノ燻

category: ◆drink

腹一杯胸一杯で解散したはずなのに、なぜか家に帰ると口が淋しくなって、昨日燻したミノを当てに冷や酒(「遊穂」の純米)を煽ってます。

ダメおやじのどうしょうもない晩酌っぽくて、これがまた最高にいいかんじです。特にミノの燻製は素晴らしい。さきイカを凌ぐB級感。新幹線の駅売店でワンカップと一緒に売ったら飛ぶように売れるんじゃなかろうか・・・・などと妄想してしまう。

こういうもんのこういうもんなりの良さが分かるようになったんやなぁと思うと、まあ、それなりに長く生きたもんだなぁと感心しきりです。10年前には間違いなく分からなかった味ではある。

明日はお酒お休みしとこ。

・・・今日のBGM・・・
 からたち野道/The Boom

2007/05/20 21:38 Sun | edit? | trackback(0) | comment(0)



久しぶりに燻製屋

category: ◆diary

冷凍庫が一杯になってきたので、買いだめしておいたものを朝から燻製に。ミノを一晩みそ漬けにしておいたのと、皮付きの豚バラを塩と黒七味につけておいたモノ、二種類。宅の鍋の大きさでは限界ギリギリのボリューム。仕事から帰ってもまだ続きをやる羽目になりそうです。思ったより早く昼過ぎには全部燻し終わりました。

bacon

皮付き豚バラの方です。要するに自家製のベーコン。好きな人には赤ワインも良いかもしれませんが、黒七味効いていてかなり辛い目です。個人的にはやはりビールだね、ビール。エビスかプレミアムがいい。これから仕事なので飲めませんが。

22日にちょっとした宴会があるので、その時にちょっとご提供させていただきます。

先週は運良く杞憂に終わったけど、まだ信用ならないので、朝のうちに日記をしたためる。キックオフは13時。話題のTOTOは買えませんでした。

・・・今日のBGM・・・
 うたかたの夢/ザ・カスタネッツ

2007/05/19 11:39 Sat | edit? | trackback(0) | comment(2)



意大利面急行

category: ◆diary

友人にプレゼントした調理器具が大学の授業のパワーポイントで大活躍して、少なからぬ人たちにしばしの間幸福な笑いを提供したそうだ。

ドイツで開発されて中国で造られた、イタリアの麺を茹でるための調理器具が、日本にやってきて大学の地理学の講義で笑いを取っている、という構図。

すばらしい。すばらしすぎる。この馬鹿馬鹿しさ!

無数に造られたであろうこの調理器具達の中でも、これほど幸せな運命に巡り逢ったヤツは他にいないんじゃないかと思うぞ。

ちなみに、僕が自宅で常食しているイタリアの面はなぜかインドネシア製である。500gで100円。へたをするとお米より安いのだ。遠く離れた国で絶対に泣きを見ている人がいそうな気がするんだけど、やっぱり買ってしまうんだよな。安いから。

・・・今日のBGM・・・
 世界が回る/カステラ

2007/05/18 22:15 Fri | edit? | trackback(0) | comment(0)



さもなくば栄えある死を

category: ◆diary

今日はどういうわけか食欲がなく、これといって食べたいものがないので外に出あぐねている。いい加減出ないと仕事に間に合わないのだけど。

最近、どうも文章を書くテンポがよくない。書いてみるとやたら読点が多かったりする。思考がシャキッとしていないのでしょう。

"Worstward Ho"(いざ最悪の方へ)というベケットの作品のタイトルを彫り込んだ指輪をいつもお守り代わりに身に付けていたのですが、今年の正月その指輪を酔った勢いで松尾大社のお賽銭箱に放り込んでしまいました。どうもそれ以降、学業に関してあまりいい流れが来ていない。文筆家の作品名彫ったお守りをお酒の神様に捧げてしまったのだから、そりゃそうか(逆に、美味しいお酒と食べ物にありつける機会はずいぶん増えたけど)。

でも、松尾さんは元々学業の神様でもあったんじゃなかったっけ。

指輪ははめる指によって象徴的な意味があるらしく、右手薬指の指輪は創造性や閃きを刺激するのだそうだ。それで、ずっとベケットにあやかった指輪を右手薬指にはめてました。今また指輪の助けがちょっと欲しい感じなので、また新しく造ろうかな。

o con groria morir

という文字を彫ろうと思います。由来は検索すればすぐに分かります。本当は座右の銘にできそうな偉大な学者さんの言葉が欲しいのだけど、ぴぴっと来るのが思い付かないのね。アルファベット20文字以内で。

・・・今日のBGM・・・
 愛の袋/セロファン

2007/05/17 16:14 Thu | edit? | trackback(0) | comment(4)



独「ここ」論

category: ◆geography

以前に、独我論と独今論は成り立っても独此論(独「ここ」論)というのは成り立ちそうにないのは何でだろうと考えてみたことがある。

その時のひとまずの答えは、独「ここ」論というのは独我論にすっぽり収まって完全に代弁されてしまうから、というもの。西田幾多郎の「絶対無としての場所」っていうのは、大ざっぱには、独我論の「私」を空間的な言葉に置き換えたものという風に理解できるのではないか(永井均さんの『西田幾多郎―<絶対無>とは何か』を僕はそう了解した)。ウィトゲンシュタインが、純粋な独我論が徹底されると唯物論と区別が付かなくなる、というようなことを言っていたらしいが、要するにそれも、私の独在性を徹底させたら私がいないのとほとんど一緒になる、というような(入不二基義さんが『ウィトゲンシュタイン―「私」は消去できるか』で触れていたような)ことを言っているのだろう。とすれば、場所が結局は無だというのもこれと同じような感じに理解できそうだ。

---ここから挿話。
独我論と唯物論が無限接近するということを感覚的に理解できるには、ちょっとした思考のトレーニングがいることはいる(僕の場合には、少なくともそれが必要だった)。まず、全ての出来事は僕に対して生じている物語のようなもので、僕だけが唯一特別な認識の主体だ、と考えるようにしてみる。すると、僕以外のものは、鉛筆も石ころも素敵なあの人も大嫌いなあのおっさんも、みんな所詮はモノゴトである。他人の感情や思考というのは、他人の体という物体の中にある他人の脳味噌という物体で生じている、無数の分子というモノが起こす化学変化だ。さて、こんな風にみんな所詮はモノであると認めてしまうと、僕の体やさらには「みんな所詮モノである」という思考プロセスも、やはり何かのモノゴトであるとしか考えられなくなる。精確には、そう考えると都合が悪くなる、というマイナス材料が、存在しなくなってしまうのだ。僕の体というモノの中にある、僕の脳味噌というモノの中で無数の小さい分子というモノが動き回って起きる化学変化の結果(モノゴトの「ゴト」の方)がこの思考のプロセスだ。独我論はこの「この」だけがモノゴト化されていない、という点に拘るわけだが(まあ、敢えて言えば「モノゴト」ではなく「デキゴト」になるのかな)、この「この」もまたそういう種類の(あの人のあの脳味噌の中の、とは別種の)モノにすぎない、と言うことは出来る。いずれにしても、こうやって独我論を徹底させた帰結と僕が一種のモノゴトであるという事とは、実はかなり似通ってくる(独我論を徹底させると、「この僕」の「僕」ではなく「この」の方が残ってくるという感覚が前提になってはいるけど)。
---挿話はここまで。

独我論において特権的な「私」の対極は何か。「他者」なんかではありえない。「私」の対極は「あなた」しかありえない。他者は所詮既にモノゴト化されてしまったもんにすぎない

---もう一つ挿話。
社会学は「他者」を語ることは出来ても「あなた」については語れない。この辺の制約が、純粋に良心的で単にそのように生きようとするだけの人が「社会学者」を務めようとするときに、その「社会学者」に余計な負担を強いている遠因なのではないか、と思わずにいられない。いろんな「社会学者」さんを見ていて、良心的な「社会学者」ほど、何となく学者としては余計に苦労をさせられているような印象を受ける。ちなみにここでの「社会学」は狭い意味の社会学ではなく、今の時代を人文社会科学に携わりながら生きている、という「自覚」を持ちつつ人文社会科学に携わっていいる人全般を意味しています。ただし、僕は除く。
---もう一つの挿話はここまで。

さて。ここまでが過去の思考のダイジェスト。
続きを読む ...

2007/05/16 23:24 Wed | edit? | trackback(2) | comment(0)



DQとアンダーソン

category: ◆musics

小学校の時以来アンダーソンを聴くようになって、ふと思ったことだけど、アンダーソンの曲から感じる空気と、ドラゴンクエストのゲーム中の音楽(特にお城や町のシーン)から感じる雰囲気が、何となく似ている気がする。

もっとも、雰囲気が似ているのは、ゲーム機のハード面での性能が高くなって、ある程度複雑な音も再生できるようになってからだとは思うのですが。弦楽器っぽい音になったのは、確かスーパーファミコン版になったV以降だったから。

Vの海の上で流れる音楽は良かったなぁ。

あ、でもIVはファミコン版だったけど、音楽はシリーズ中で一番冴えていた気もする。戦士ライアンのテーマ、大好きでしたね。

要するに、DQもアンダーソンも、子どもの耳で十分に楽しめる入門編管弦楽ってことなんだろか。そういえば、中学の時にブラスバンドでも演奏してたっけ。DQのテーマ。

入部して初めてホルンのソロ・パートが入ってる曲だったのにもかかわらず(しかも、オープニングのあのフレーズです)、歯に矯正器をつけ始めたせいでホルンが吹けなくなって(マウスピースが小さいので吹いていると口が切れて血が出る)、失意のうちにブラスバンドやめてしまったというちょっと悲しい思い出があります。

・・・今日のBGM・・・
 サンドペーパー・バレエ/Leroy Anderson

2007/05/16 13:44 Wed | edit? | trackback(0) | comment(0)



すきまの時間

category: ◆diary

仕事が夕方に終わってその後珍しく何の予定もない日だったので、家でご飯作って食べようと思っていた。

阪神と阪急の地下で良い魚ないか探してたら、サヨリが12尾近くで500円。まあ安いといえば安いのだけど、以前買ったときの値段が脳裏に焼き付いているので、時刻が変わって値崩れを待ってみる。けど、18時すぎても値段は変わらず。

結局他にめぼしいものが見つからなかったので、ご飯は外で食べて、後の時間で髪に色入れ直そうと思っていつもの美容院に行った。すると、入れたい色のカラー剤があいにく品切れだという。明日また行くことにして、店を出る。

それで、近所のスーパーに立ち寄ったら、アイナメが並んでいた。ご飯食べなければ良かった・・・・。ちぐはぐな成り行き、一瞬買うのをためらうけど、多分今買わなくて今後店でお目にかかれなくなったら後悔しそうなので、結局購入。けど、今日だけでなくて、今週の残りの日は、晩に自宅でゆっくり食べられそうにないんだよな・・・。そんなわけで、買ったアイナメはパックのまま即冷凍庫行き。

と、まあ、そんなささやかに間の悪い夕方の三時間を過ごして、結局お腹は一杯だけど時間はあり余ってる。どっかで違う選択を一つでもしていれば、もうちょっと何か得るものあったような気がする。こういう時って、羽を伸ばして遊ぼうと思ってもダメだし、逆に建設的なことをしようとか思ってもダメなんですよね。しかもまた寝るには早いんだよな。

何しようかな。酒だけは飲まないぞ。

・・・今日のBGM・・・
 melody apartment/advantage Lucy

2007/05/15 19:40 Tue | edit? | trackback(0) | comment(0)



権威主義恐怖症

category: ◆diary

ほとんど病的なまでに嫌いです。実際の中身と表向きの評価が乖離していることに気付かないというあの現象が、です。誰の身体においてそれが起きているかということはあんまり関係ない。

とってもストレスが溜まって、やがて悲しい気分になってきます。僕の「見方」が悪いだけなのでは、と思い、いろいろと違う見方を試してもみるのですが、やはりダメですね。

自由にのびのび育ちすぎたから、というわけでは決してないと思う。だいたい、そういうのに我慢して生活する義務は、義務教育期間中に既に十分果たしたはずだ。その程度には、我慢して優等生してたつもりなんだけどね。

ああ、そうか。優等生は我慢せずにそれができなきゃいけないのか。

中島義道さんではないけど、嫌いな人と接することもまあ生きていくことの妙味の一つとでも割り切るしかないようです。

・・・今日のBGM・・・
 きょうきのばらあど/The Boom

2007/05/14 16:44 Mon | edit? | trackback(0) | comment(0)



オレガノ

category: ◆botany

寝過ぎて眠い。

今から畑仕事。月曜に柳原の花壇から株分けしてきたオレガノを、信太の畑に植えに行きます。柳原の花壇は、放っておくと雑草と間違われて引っこ抜かれてしまうので。(去年根こそぎ抜かれたと思ったのが、地下茎が残っていたおかげでこの春また芽を出して伸びてきたのだった)

三年前に信太に植えたオレガノは、雑草にやられてほとんど伸びなかった。今回は、雑草の根っこをきちんと取りのぞいてから植えようと思います。オレガノだって雑草といえば雑草、ちゃんと土に手入れしてから植えてやればしっかり根付くはず。

サンガの結果が出たら日記書く気失せるだろうから、朝のうちに書いてやれ、今日の日記。

・・・今日のBGM・・・
 Sea Sight/PLECTRUM

2007/05/13 08:51 Sun | edit? | trackback(0) | comment(0)



しょうもない怪我ほど凹む

category: ◆diary

フランスパンをかじってて、顎の間接をネンザした。口開けると痛いのでうどんくらいしかすすれない。

最近多いんよね。しょうもないがゆえに妙にシャクに障る体のトラブル。

・・・今日のBGM・・・
 スカーレット/スピッツ

2007/05/10 23:06 Thu | edit? | trackback(0) | comment(0)



嗤うマンガのカモノハシ

category: ◆diary

昨日の夜。図書館の哲学書コーナーに北田暁大、永井均、ウンベルト・エーコの名前がたまたま仲良く並んでいたので、ぱらぱらと読んでみた。最初の二つは思ってた以上に軽薄だったので時間を損した気分になったが、三冊目を読んで少し元気が出た。

背景知の上に背景知を塗り重ねていくだけじゃなくて、そうした背景知それ自体の生成と揺らぎにも目配せができている文章って、やっぱりとても面白い。

それに比べると、社会学的な書き物って、何か独特の病理みたいなものの匂いがする。商品性が高いからそう感じるんだろうか。本当に必要な教えを説かずに免罪符だけを売る聖職者と似たような匂いを感じることがある。

七条大橋の上から鴨川を眺めたら、変な生き物が泳いでいた。近づいてみたら、シマヘビだった。泳いでる何かがシマヘビだと分かるまでの間、泳いでいる何かは「何」だったんだろう。

・・・今日のBGM・・・
 オフィーリア/carnation

2007/05/08 14:11 Tue | edit? | trackback(0) | comment(0)



曲名が分からないときは?

category: ◆musics

メロディは思い出せるのにどうしても名前が出てこない曲がある。小学校か中学校かの時にどこかのブラスバンドか何かで演奏されていたマーチっぽい曲なんだけど、あれ何ていう名前の曲だったっけ。思い出せないんだよな。

ちゃんとした演奏をCDで聴きたいのだけど、曲名が分からないんじゃどうしようもない。

________

さて。

帰宅してから、問題のその曲は、小学校時代、朝礼が終わったときの退場のテーマだったことを思い出した。そう。時間と場所を思い出したのだ。どこで鳴っていた音楽だったのかを。1980年代の半ばくらいに、ジャカルタの南の方で、平日の朝になっていた音楽だったのだ。

けど、それを思い出しても名前は決して出てこない。そりゃそうだ。だって、そもそもその曲の名前を僕は一度も聞いたことがないのだから。

そう。「その曲の名前をそもそも聞いたことがない」ということもまた思い出したのだった。「何かをしたことがない」ということを思い出すというのも、実に変な感じなんだけど。

・・・今日のBGM・・・
 JJS時代に朝礼終了後に流れていた退場の行進曲

2007/05/07 16:26 Mon | edit? | trackback(0) | comment(0)



ラーメンの強度

category: 未分類

ありそうなことだと予測はしていたが、ここまで見事なスコアで死にかけの敵に塩を送るとは。

帰りに、久しぶりにおちゃらん屋でラーメン食った。昔、ここの味に感動を覚えたことがあったのだけど、なんかいつのまにか感動が薄くなったような。いや、まあ、相変わらずここのは好みではあるのだけど。

変わりに、最近のお気に入りは藤平。ここも結構前から食べてはいるのだけど、最初に食べたときはおちゃらん屋ほどにはインパクトを感じなかったのが、数ヶ月前に久しぶりに食べたときに、「あれ、こんなにうまかったっけ」と妙に感心して以来、頻繁に通ってます。

今日、おちゃらん屋のを久しぶりに食べて、改めて今は舌が藤平になついてるんやなぁと感じました。おちゃらん屋のを食べても、かつての感動を少しも感じないけど、代わりに藤平のを食べると、おちゃらん屋や吉翔でかつて味わったものを思い出すことが出来る。

昨日の飲みの席でキーワードとして出てきたのが、クオリアと強度という言葉やったんですが、ふとラーメン食べてて思い出した。

・・・今日のBGM・・・
 ボクノカケラ/セロファン

2007/05/06 23:31 Sun | edit? | trackback(0) | comment(0)



酒宴続き

category: ◆diary

美味しいお料理とお酒堪能して日本橋から歩いて帰宅。最近、よく歩いて帰ります。酔いが醒めて体も疲れていいかんじで眠れます。ほっけの造りを初めて食しました。造りはアイナメよりも好きかもしれない。

今日もこれからお昼の宴会。この天気なので西京極には行きません。

今このタイミングでヴェルディ戦てどうなんよ、と思います。第三者的に見ればもはや戦意を失ってるかに見えるヴェルディ相手、圧倒的に京都有利の予想が立つのかもしれないけど、応援してる側としてはそんなに楽観的になれないんですよね。実際、今季は取りこぼしが多いし。

・・・今日のBGM・・・
 Bandology/E. Osterling

2007/05/06 12:11 Sun | edit? | trackback(0) | comment(0)



教訓

category: ◆diary

自分への厳しさが足りないと、どんどん楽な方に流れていくなぁ。楽な方に流れていけばかならず頭打ちになる、と分かっていても止まらない。楽な方に流れていかないような仕組みづくりも大事だろうけど、まずは流れないゾという意志を自分が持たないことには始まらない。

自戒自戒。

気がゆるみがちだしなぁ、最近。

・・・今日のBGM・・・
 GIRL FRIEND/Slap Sticks

2007/05/04 11:45 Fri | edit? | trackback(0) | comment(0)



サンガ

category: ◆football

とりあえず、0:1という渋いスコアでも勝ってくれたので一安心。けど、今年の昇格は厳しいかも。

さんざんしょっぱい試合しつつも、東京や大阪ほどにはサポーターを裏切ってくれるような結果にはなっていない。この中途半端に期待させてくれる感じが何ともかんとも京都っぽくて、もうやめられないと同時にもうやめにしたいと思わなくもなかったり。

今日もおかげで予定外に酒が旨くて調子に乗ってしまった。

どういうわけか、今年はナマを観戦に行くのが何となく恐くて、まだ行けていない。去年はあり得なかった変な期待がそうさせるのかもしれない。J2なら大丈夫だろう、みたいな。

その生ぬるい期待が一番の敵なんだろうな。それもまた分かっているから余計に足が遠のくのだけど。

6日は西京極だけど、どうしようかなぁ。

・・・今日のBGM・・・
 流線型/セロファン

2007/05/03 23:27 Thu | edit? | trackback(0) | comment(0)



車上

category: ◆essay

鞍と枕と厠は物事を考えるのに向いていると昔の中国の人が言ったとか言わなかったとか。馬に乗ることはないので、その代わりにサドルかシートということになるのだけど、自転車に乗りながら考え事をしていて痛い目にあったことがあるので、移動中の考え事はバスと電車に限ることにしている。

帰りの阪和線は事故でまた運転見合わせになっていた。最近余りに多い。しゃーないんで南海で帰宅。

いつもの鞍じゃなかったせいか、頭の中はいつもよりちょっとそわそわした感じで、刺激は無くもないがまとまりそうな気配のまるでない妄想があれやこれやつらつらとこぼれてきては消えていく。妄想は妄想なりに内的な連関があってのこととは思うけど、「学問的なお仕事はとっても虚しい」なんてアイデアも頭をかすめていった。

そう。学問は虚しい。これがまたとっても衝撃的な発見だった。

僕は「学問の虚しさ」に関してついつい嘘をつきたくなる(=「学問の意味」について倫理を説きたくなる)体質の人間なので、たとえ妄想経由であれ、何らかの強い真実味を伴ってそう思える経験というのは貴重かもしれない、と思った。

阪和線の不慮の事故で乗ったにすぎない南海線は、しかし、当たり前なのだけど、阪和線に不慮の事故など起きようが起きるまいが、実はいつも阪和線の向こうに並んで走っている。そして、そっちの鞍での思考が日常であるような人だってまたいるわけで。

特定の妄想を特権化する生き方よりも、なるべく沢山の妄想にバランス良く囲まれて暮らす方が、たぶん楽だし、人にも迷惑かからないんじゃないか。

新今宮に着いたときには、論文の書き方がすっかり思い出せなくなっていた。イイカンジだ。明日の朝、この頭で論文の構成を考えてみよう。

・・・今日のBGM・・・
 The High School Cadets/John Philip Sousa

2007/05/02 23:05 Wed | edit? | trackback(0) | comment(0)



犬も歩けば

category: 未分類

たまに釜ヶ崎に顔出すと、わりと頻繁に、顔見知りのおっちゃんが町の中を歩いているのにひょっこり出くわしたりする。

声かけて挨拶するだけなんだけど、それがなぜかなんとなく気持ちいい。

なんだろうな、あれ。挨拶するだけで気分良くなる事なんてそうそうないと思うんだけど。

2007/05/02 18:03 Wed | edit? | trackback(0) | comment(0)



自由は牢獄

category: ◆essay

最近、考え込んでも考え込んでも成果が上がらないので。ちょっとばかしユーウツだ。

エンデの『自由の牢獄』はこれまでてっきりある種の寓話で単にそれだけだと思っていたが、自由の牢獄が現実になりつつある。

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2007/05/01 15:46 Tue | edit? | trackback(0) | comment(4)






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geophile
フリーランスの地理学者です。ひとり家庭教師派遣業のほか、NPOやコミュニティビジネスをターゲットに、ひとり人材派遣業もやってます。

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